2016年。年の瀬に。

今年も残り少なくなってやっとこさとここに書く気になりました。
と言いますか、忙しい日々を送っていたところ、母が転倒して大腿骨骨折し手術を受け人工骨頭を入れ
入院生活を送り始めました。
今は転院しリハビリ病院で生活しています。
仕事の昼休み、仕事終わり、1日2回病院に通う毎日です。
母本人は転倒で病院で日々を過ごすという生活は一転したことで混乱。
まずい病院食に全然手を付けず、一気に痩せて一時はもうだめかと思うほどでしたが
最近になってやっと周りの勧めや時々差し入れる好きな食事、栄養補助食品で何とか生気を取り戻し始めています。
骨折前は自宅介護の限界を越えはじめ、昼夜を問わず振り回される日々で施設生活を見越してショートステイで自宅外の生活に慣れる訓練をしているところでした。
ショートで転倒しそのまま病院生活を余儀なくされ、能力的にはずいぶん改善してきたものの階段の多い自宅には戻れそうにありません。
覚悟のないまま自宅を離れ、戻れないということを考えると不憫で眠れぬ夜を何夜過ごしたことか。
仕方ないことだ。という言葉で解決できない心の重圧と戦う毎日です。

思い返せばこの1年は何とも辛い日々の積み重ねでした。
仕事を辞めて自宅で介護することを今でも真剣に考えています。
施設に馴染めなかったら自宅で介護することになるでしょう。
長生きすることは本当に良いことなのでしょうか。
親の姿を見ながら自分の先行きに暗澹たる思いを感じます。
同じことを子供に課すことは本意ではありません。
しかし判断能力が落ちた時にどうしたらいいのか。

例年より暖かいこの冬ですが今年はなんだか寒々しくって、寂しくって。
朝仕事に出てから帰ってくる9時頃まで、休む間もなく動きっぱなしの生活は
疲労とか困憊とかをすでに超え、すっかり日常になりました。
時々こうして時間が空いて一人の時には重荷に潰されそうな、いたたまれないような気分になるのです。


時々気にしてここに来てくれていた方々もすっかり忘れ去られてしまったことでしょうけど。
どうか健やかに年末を過ごし、新しい年を迎えられることを念じております。

ここに記録することは続けようと思っています。
自分の心の記録であるのだから。
生き続けるかぎり。






2016.12.14 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 介護



相模原事件

友人がクローズアップ現代+に出演してから何となく気になる番組になり以前よりチェックするようになった。
今日の番組では相模原で起こった障害者殺戮事件を扱った。
重度の障害のある人間は生きている価値がないと次々に殺害した事件である。

生きている価値があるかどうか。
自分は社会に必要な人間であるかどうか。
私の中でも結構重要で、必要ない人間と言われることに怖さを感じていることを自覚した事件であった。
以前の会社を辞めるとき、次の仕事を決めずに退職願を提出した。
しばらくは失業保険をもらってゆっくりしたいという思いもあり、最後1か月の有給消化に入ったら毎日が落ち着かない。
休みが長くなればなるほど、仕事から離れれば離れただけ最新の事情に疎くなって浦島太郎状態になり
挙句には必要のない人間になるのではないかと怖くなった。
結局有給中に次の職場を決め、安心して京都に出かけたことを覚えている。

介護の手間がどんどんかかるようになり目が離せなくなってきている母でも
毎日「言ってくれれば頑張ってやるからなんでも言って。」と自分の役割を求めて台所をうろうろする。
こんな年になってまでも何かに急き立てられているのはかわいそうな事だと思うが
いくつになっても人の役に立ちたい、言い返せば役に立たない自分が怖いのだと思う。

人の価値とは何で決まるのだろう。
戦争中はお国のため役立つ人間であれと教育され
今では年功序列が崩壊し会社や何かの集団に役立つ人間が求められ
役に立たない人間は簡単に捨てられる時代になった。
個性や人格よりも能力や効率が優先される。
水分が失われ乾いた社会の顛末をこの事件は象徴している気がする。

病院で点滴に界面活性剤が入れられて高齢のお年寄りが殺された事件も
詳細はつまびらかになっていないが、先行き短い患者に手間がかかるからなんて理由がチラチラと見え隠れする。

そのうち年金をもらって生きながらえる年寄りは罪であると公言する若者もでてくるのではないか。
生き続けるって色んな意味で難儀な事でございます。



2016.09.29 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 雑念



貧困問題

最近話題になっているようで。
相対的貧困と絶対的貧困。
今の世の中、本当に複雑になっていて一概にお金持ちと貧乏人という2極化の構図が薄れている感じがする。
昔は貧乏人は貧乏人で何とか食べれていたし、それほど悲壮感もなくむしろたくましい感じすらあった。
相対的貧困とは何ぞや?
所得格差とはい少し前から耳にすることがあった。
結局国民の所得の中央値の半分を下回っている人のことを言うらしい。
数値で言うなら年所得125万以下のこと。
国民年金生活の老人は皆相対的貧困者になるってことか?
しかして問題はもっと弱年齢の貧困。
働き盛りの壮年であったり、社会に出始める若者の貧困。
うちの娘も大学時代に借りた奨学金をちんたらと月々返しているが、
その奨学金を返せない社会人が増えていて制度自体の存続が危ぶまれている。
以前のNHKの放送では奨学金をもらいながら生活のためにバイトに明け暮れて留年を繰り返し
結局退学に追い込まれ、残ったものは奨学金の負債だけという若者がいるとのこと。
なんだかおかしな話ですね。

以前、大学に通いながら就職のために専門学校に通う学生がいると聞いたことがあるが
今ではそんな学生はいないのかな。
大学の学費、家庭のお金事情、将来の構想。
どこかに無理があれば絶対破たんする。
大卒という学歴だけで大学に行くのはおかしな話だが。

思い起こせば
自分は試験科目の出来で大学の選考を絞り、食いっぱぐれない学部を選んだ。
友人に不純な動機だとさんざん叩かれたのを覚えている。
責任は自分しか取れないサバイバルな世の中だから、結果的には的を得ていたのかもと今頃になって思う。

人生は何が正解で何が不正解などわからないものです。
ただ、打たれ強い心の強さは必需品ってことは言えるかなぁ。

ここのところ重度の介護のストレスでチックのような瞼の痙攣が続いています。
でもなんだか今日はいいみたい。
治ったかな?な~んてね。
そう甘くはないのはわかっているけどね。


2016.09.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 雑念



星野道夫写真展

実は、
前回の納涼会で船に乗る前に職場の人達とは別行動で写真展に一人で出かけた。

「没後20年星野道夫の旅」

彼のホッキョクグマやカリブーの写真に引き付けられたのがはじめで、次に彼の文章に引き付けられた。

「旅をする木」

以前の日記にも書いたが彼の写真や文章には危険な魅力が満載なのだ。
人工的に作られた社会で時を過ごしているが、人も他の生き物達と同じ命である。
広大な自然に向き合うとき、厳しければ厳しいほどますます命の暖かさを感じることが出来る。
北極の厳しいブリザードにすっくと立つホッキョクグマを見るときゾクゾクと鳥肌が立つ。
むやみに怒り狂うことなく、悲しみに捕らわれ悲観することもなく、命を紡ぐため本能に従い狩り、食べ、子をなし。
自然に従い命を代々手渡していく。
北極に生きる動物やエスキモーたちの目の輝きの迷いのない強さに感動する。

自分の生活しているせせこましく時間に追われている情報社会から少し離れたところではあるが
こんな自然の中で命を輝かせている世界が確かにあり、それは行こうという意志さえあれば飛び込むこともできなくはない。
時々、何かに煮詰まった時などは特にそんな魅力に引き込まれそうになって怖い。

写真展は土曜ということもあり盛況で多くの人が北極の自然や生き物たちに食い入って見ていました。
今の私は、そこで買い求めてきた星野道夫の写真集「悠久の時を旅する」を夜な夜な見ては睡魔に襲われてうとうとするのが楽しみであります。





2016.09.21 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 非日常



納涼会



毎年恒例の納涼船。
今年は台風の接近で中止になるか、それともタイタニックになるかと話していたが何とか出港するとのこと。
仕事が終わってからお台場のビーナスフォートでポケモン探しながらお茶をして。
チラチラ降る雨の中、乗船場に向かった。

IMG_0164.jpg

50名の定員ほぼ満員で身動きが取れない。
乗ってしまえば楽しまなきゃ損損。
ただ社長が欠席のためにマイクを持たされて挨拶させられたのが予想外でびっくりでした。


IMG_0178.jpg

客室の上の展望台からの景色。
気持ちの良い風で雨もそれほど気にならない。

2016.08

他の納涼船は雨のためか乗客は少なかった。
こういうイベントは行けば行ったで楽しいけど内心台風で中止になってくれれば。という思いもあった。
気晴らしになったのは確かです。

この日のもう一つの楽しみは乗船前の時間に銀座で行われてる
星野道夫の旅 没後20年 特別展
を見に行くこと。
親の介護を弟に任せて仕事が終わってから夜までの時間を有効に使った。

なんといっても広大なアラスカに息づく様々な命の力強さ。
写真に添えられる彼の暖かなエッセーに引き付けられる。
言霊という言葉は何となくよそよそしくて好きでないけど
文章にはその人の魂が込められていて、フラフラと引き寄せられることがまれにある。
20年前ヤタガラスの伝説を追って旅しているときにヒグマに襲われて亡くなったが、
彼が命を落とさなかったら、この20年で何を追い求めて、どんな文章を書き記したのか。
どんな写真を見せてくれただろうか。

20年前の写真も色褪せない命の迫力が迫ってきて圧倒される。

濃厚な1日で帰ったらへとへとになってしまいました。


2016.08.28 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 日常



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kajika

Author:kajika
吾唯足知 (龍安寺のつくばい)
京都が大好き。
1年に数回出かけています。

京都旅行記から始まったBlog。
遅速ながら結構長く続いているものです。
日々の記録も兼ねて続けたいと思っています。

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