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高倉健さん逝く

高倉健さんが亡くなったニュースは多くの人が衝撃を受けた。

「不器用な人間ですから。」
大いに同調を感じる私も驚きで息を飲んだ。
NHKの特集番組では健さん語録を沢山取り上げている。
素朴で誠実な人柄に共感するところが多い。

「人生どれだけ良い人にめぐり合えるかが課題である。」
そうなのです。
共感と感動をくれる人。
凝り固まった自分の目を広げてくれる人。
大事な思い出をくれる人。
そんな人とめぐり合うことは多くありません。
名古屋の友人を亡くしてから時が経つにつれますます心に寒い風が吹いています。
急にどこかがよじれる様な寂しさが押し寄せます。
生き残った者の宿命なのでしょうが難儀な事です。
これから先の人生にまた大事な人に出会うことがあるのでしょうか。
出会いとはかけがえのないものです。

「愛情の裏返しは無関心である。」
無関心ほどどうにもならないことはありません。
憎んだり、嫌ったりすることのほうがまだ救われます。
何かのきっかけでよい関係に反転することもあるからです。
仕事でも店がオープンした一番乗りで来てくれたおじいちゃんは当初むちゃくちゃ怖いクレーマーでした。
今日は文句を言いに来たんだ!
ありゃーまー、また○○さんが怒って来たとビビッていたものですが、
今では顔を見に来ないとイヤなんだ。とヨタヨタながら来てくれます。90歳になりました。
必ず帰るときには「いつもお世話になっています。」といいながら杖をついて帰っていくのです。



     こういう人がいた
            -長田 弘-



    誰でもない人がいた。
    いつでもない日に、
    どこでもない場所で、
    何も書かれていない本を
    黙って、読んでいた。

    見つめねばならないものを
    見つめねばならないときは、
    黙って、目を閉じ、

    話すことのできないことは
    話すことのできないことばで、
    黙って、話した。

    表現じゃない。
    ことばは認識なんだ。
    誰でもない人の
    無言のことばを、
    どこにもいない人が
    じっと聴いていた。
    誰でもない人は、
    姿のない人のように、
    誰にも気づかれず、
    ここにはいない人のように、
    黙って、ここにいた。

    感情じゃない。
    ことばは態度なんだ。
    わたしたちのあいだには
    いつも、どこかに、
    沈黙からデリカシーを
    抽き出す人がいた。

    誰でもない人がいた。
    いまは、いない。




P.S.
 また超久しぶりの更新になりました。
 縛られた生活は相変わらずです。
 眩暈もなく何とか元気に暮を迎えられそうです。
 ただ考える余裕がなく日常に埋もれている感じです。  
 誰もいない京都の寺で半日ぐらいを過ごしたいといつも思っています。


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2014.11.23 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 雑念



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kajika

Author:kajika
吾唯足知 (龍安寺のつくばい)
京都が大好き。
1年に数回出かけています。

京都旅行記から始まったBlog。
遅速ながら結構長く続いているものです。
日々の記録も兼ねて続けたいと思っています。

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