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終戦の日の天声人語

 2013-08-16
68回目の終戦の日を迎えた。
一度以前、終戦の日に靖国神社に出かけたことがある。
それは何とも異様な情景であった。
右翼と左翼が入り混じって拡声器で何かを叫んでいる。
それを警備する警察官。
そんな中、黙々と神社に向かう戦没者の家族と思われる人達。
この日の靖国神社と千鳥ヶ淵はいつもと全然違うぴりぴりとした空気が流れている。

今年もテレビでは政治家が靖国参拝する姿を報じる。
韓国の政治家がわざわざ靖国まで出向いて抗議行動する。
政治家の靖国参拝の反対派と賛成派が小競り合いをする。
これらの異様さはテレビからでも伝わってくる。
そして今回もまた韓国で日本の国旗が燃やされている抗議行動の映像も流れていた。

靖国にはA級戦犯14名が合祀されている。
戦争はどんな理由があっても罪である。
戦争を決めた上層部の面々の意思で多くの命が失われた。
下々の者達はそれが正しいと信じて家族のためにと命を差し出した。
いかなる事情があったとしてもそれを促した者の罪は重い。


しかし。
と私は思う。
今のこの小競り合いはいかがなものか。
戦争を美化しているのが許せないとか、国旗に×をつけてかざすとか。
相手の国旗を大使館前で燃やすとか。
あまりに下品で思慮に欠ける。
平和ボケしているからなのだろうか。
戦争を実体験した人達は高齢化し、挙句に多くを語らない。
軽々しく口に出せないからだ。
大声を張り上げて抗議したり燃やしたりしている首謀者はずっと若い。
目立ちたがりのパフォーマンスと思われて然り。
言いたいことがあれば反対意見の者とディベートすればいい。
正々堂々と人前で意見を述べたらいい。

なぜ終戦の日に静かに戦没者の霊を弔うことが出来ないのか。



わが生のあらむ限りの幻や送りし旗の前を征きし子
                
                小山ひとみ            


戦死した一人息子を詠んだ。
この歌を読んだ小川さんは行商をして独りの暮らしを立てていた。
朝日歌壇によく選ばれた人だそうだ。
「その慟哭のあまりのはげしさに、この人の名を記憶されている読者もいるだろう。」
と40年前の8月15日の小欄は書いているそうだ。

戦後68年。
戦没者の家族も年月が経つに連れて少なくなっている。


戦後のときを死者と分かちもってきた人が、いよいよ減りつつある。
記憶する人も死に絶えたとき、死者は真に死ぬという。
その謂いに従えば、戦没者は続々と「真の死者」になりつつある。
                             
                                    天声人語より


68年前、多くの悲しい別れがあったことを静かに悼む。
いつかはそんな日になってほしいものだ。



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