神も仏もありませぬ

100万回生きたねこ

嵐のような強風が吹き荒れる週末となりました。
すっかり葉桜となり桜吹雪を楽しむ時間などありません。

月に1回だけ通常の仕事が終わってから8時から11時までアルバイトのような仕事をしている。
平日の夜間だけ開いているそこでは4人のスタッフは持ちまわり制で行う。
どれだけ人が来るかは判らないので暇なときもあればてんてこ舞いの日もある。
暇を持て余したとき用に必ず本を持っていくことにしている。

この日は少し前に買った「神も仏もありませぬ」

神も仏もありませぬ
 

100万回生きたねこの作者だ。
男勝りのあっけらかんとした性格の人だったのだろう。
カッコをつけない文章は時に笑いを誘う部分も多々あるけれど、
心の苦しみの深遠を垣間見せる処もありハッとさせられる。
生前にお会いして話を聞いてみたかったものだなぁ、と思ってしまう。
気まぐれに押し寄せてくる漠然とした黒い不安のようなものとどう上手く付き合っていったらいいのかを。
きっと誰もが感じていてもそうやすやすと語れない自分の心の奥底にあるものを。

飼い猫のフネの死にあたって。

私は毎日フネを見て、見るたびに、人間がガンになる動転ぶりと比べた。
ほとんど一日中見ているから、一日中人間の死に方を考えた。
考えるたびに粛然とした。
私はこの小さな畜生に劣る。
この小さな生き物の、生き物の宿命である死をそのまま受け入れている目にひるんだ。
その静寂の前に恥じた。
私はフネだったら、わめいてうめいて、その苦痛をのろうにちがいなかった。
私はフネの様に死にたいと思った。
人間は月まで出かけることが出来ても、フネの様には死ねない。
月まで出かけるからフネの様には死ねない。
フネはフツーに死んだ。


長く生きていると人や動物の死にめぐり合う機会が多くなっていく。
その度に自分の死に方に対する覚悟を少しずつ決めていっている感じがする。
少しずつ少しずつ受け入れる練習をしているのだろうか。

そして著者のように
いつ死んでもいい。でも今日でなくてもいいと思って生きているのかなあ。
と結論づけるのだ。




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2013.04.07 | | コメント(3) | トラックバック(0) | 読書



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2013/04/08 (月) 00:31:25 | | # [ 編集 ]

なぜか、不調???
もう一回だけトライ。
コピーだとだめなのかなあ?

佐野さんは、わたしも好きな作家さんです。
同じ人を好きだってきくと嬉しいね

でもね。
佐野さん、間違ってる。

人間だってフネのように死ねる。

いろいろなものと折り合いをつけて受け入れた時
うたかたのように流れて消えていく運命もこれでよしと思えます。
すーっと楽になって
「生きてよし、逝きてよし」などと思う。

佐野さんも、きっとわかっていたはず。
彼女もフネのように死んでいった人だから。

その死に支度も死に際も見事であったと聞いて
います。

2013/04/08 (月) 00:43:59 | URL | 肩こり #- [ 編集 ]

ちゃんとコメントできているよ。

設定がどこかおかしいのかなぁ。
私もなんたって素人だからなぁ。
頑張ってくれてありがと。
私も点検してみるね。

2013/04/08 (月) 00:46:50 | URL | 花鹿 #- [ 編集 ]

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