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メメント・モリ

人生の前半、五十歳ぐらいまでは誰でも必死で生き続ける。
重い荷を背負って坂道をあえぎながら登り続ける。
様々な危機がある。危険がある。
それを何とか乗り切って五十歳に達した人間は、それから後にどれほどの素晴らしい後半生が待っているというのか。
忍び寄ってくるのは、老いである。
六十を過ぎれば坂道を転がり落ちるように衰えてくる。
           (天命  五木寛之)

時間ができたこともあるし、そういうことを考える歳になったせいもあるが自分のことを考えるようになった。
それはそろそろ坂道を下る時期になりつつあるせいかどうかは判らないが。
世を去るときに自分の人生に満足感を感じられはしないとしても、後悔の中にも肯定できる人生だったと涙の一つも流して死を迎えられたら、と思う。

メメント・モリ

死を想うこととは、死の観念を持ちつつ如何に生きるか。という事に他ならない。
最近新聞にも、テレビでもガン患者がガンの宣告を受け、治療を受けながらどう生きてきたかを取り上げる記事が目に付く。
この人はそれからの時間をどう過ごすのか。
何を考えていくのか。
もし自分だったらどうするかしら。
毎日死を実感できずに過ぎているが、時を限られれば1日が違ってくる。
同じ事をしていても、人との関わりもきっと違う。
そしてもっと前から気づいていれば良かったものを、と後悔するに違いない。
今、振り返ればこの時点ですら山のような後悔の嵐。
せめてこれからの時間を後悔で埋め尽くしたくない。

五木寛之は朝目覚めると、この世にたった今誕生したのだと考え、夜眠るときには自分の一生は終わった、今から死へ旅立つのだと思うそうだ。
そうすることによって今日1日の命をありがとうございますと天に感謝することが出来る。と言う。

私の中にも最近何かに生かされている、という感覚が芽生えはじめているように思うこの頃。



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2006.04.19 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 未分類



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2006/04/20 (木) 22:46:04 | | # [ 編集 ]

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吾唯足知 (龍安寺のつくばい)
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