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京都の事故に想う

 2012-04-15
世の中に事件や事故は毎日のように起こっている。
ニュースで流れていてもその一つ一つにすっかり慣れっこになってしまっていて記憶の彼方に流れていってしまうが、
今回の祇園の事故は多くの人の記憶に留まったことだろう。
私などは、事故現場があまりになじみ深い場所なので事故直後の映像に食い入ってしまった。
時期も時期だけに下手すると事故に巻き込まれていたのは自分だったかもしれない。
人の多いこの季節に突っ込んでこられたら避け切れなかっただろう。
亡くなった方も今年の京都の桜が人生最後だとは思っていなかっただろうし。
車の運転手にしても本人から話を聞けないから不明だが
今日が自分の最後の日でこれほどの殺戮をしてしまったことも思っていなかったかもしれない。

この事件は心に重石のように感じる。
いつ何時自分もこの若者のように加害者になるかもしれない。
何の根拠もないが悪意がなくても人は悪人になれてしまう。
ちょっとしたボタンの掛け違いで
ちょっとした力の入れ加減で 
スイッチが入ってパニックを起こすとてんかんという持病がなくても加害者になってしまうときがある。
車の事故だけでなく、人との関係の中でも憎しみという感情に自分の全てをまかせ切ったら…。

日ごろは意識していない落とし穴の存在を感じてしまって何だか心が重い。
残された被害者の家族、一緒に歩いていて助かった友人、そして加害者の家族も。
これからの人生にこの重い事象を抱えて生きねばならない。

また、桜の走馬灯にひとつの悲しい映像と想いが増えてしまった。                                                                                                                                                                              


「わがこころのよくて、殺さぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」

                                 親鸞
                                                                                                                                                                                                                                                            
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