京都の魅力

色々な人に聞かれたり、感嘆されたりする。
「京都が好きなのねー!」「京都のどこが好きなの?」などと・・。
素朴な疑問だろうけど、返事に窮する事が多い。
何で好きなんだろう?!
何に惹かれるのだろう?!
人に聞かれてもうろたえず、きちんと納得してもらえるように返事ができたら、なんて思いから考えてみる。

まず、京都が実生活から解き放たれる唯一の場であること。
ある程度慣れてきたわりにはまだまだ奥が深く、行きたいところがあること。
痛いところをつく催しがあり四季折々、違った印象があってそれにゾッコンであること。
もちろん美味しいものがたくさんあること。
そして1番肝心な理由はまだ漠然としているのだけど京都に行くようになってから仏教に興味を持った事。
多分それ以前から何となく気になっていた。
色々なお寺に詣でる。色々な仏像に出会う。
手を合わせて祈る。
仕事のこと、将来のこと。
家族の健康、家族の幸せ。
色々苦しみを抱えたあの人のこと。
ふと気づくと自分の願いの傲慢さに気づいたのです。
あれもこれも、その上あれも。
何と願い、と言えば聞こえがいいが欲望の深いことだろう。

人間は「自我」に関わるすべてにとらわれている生き物。
私の欲、
私の利益、
私のもの、
私の栄誉、
私の誇り、
そして私のこの身。
これら私にまつわるのものや事が、私に喜びや哀しみをもたらす。
そして一生を「私」「私のもの」に縛られてしまう。
苦しみの最大の素はこの我執だと仏教は解く。

色々な仏像と出会い、余計なものをそげ落とし最大級簡素化した枯山水の庭を見ていくうちに自分の願いも簡素化してくる。
決して一人では幸せにはなれない。
自分の周りの人みんなの幸せが自分の幸せを呼ぶのだ。と思うようになった。
まだまだ煩悩に左右されながらの毎日なれど、時々は京都に出かけ自分なりの仏教の修行もどきをするのが楽しいのであります。





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2006.03.07 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 未分類



コメント

驚いた。とても、わたしの感覚と似ていて。
何か書こうと思うのだけれど・・・
びっくりで書けない。
わたしは、仏教をしっかり考えたことは、息子の件があるまではあまりなかった。(漠然とはありましたよ。精神的なものに興味はね。)
宗教というわくを越えて、なんとなく思いめぐらせていると花鹿さんが書いたようなことにたどり着いていたりして。
わたしも、お釈迦様あたりに近づいているのかも・・・なんちゃって。

2006/03/10 (金) 00:18:47 | URL | 重度の肩こり #- [ 編集 ]

宗教っていうのは日頃意識しなくても何か自分が窮地に立った時自然と「神様。助けてください。」と心で念じてしまうものですよね。
京都のたくさんあるお寺さんにいる仏像はその頃の人達の心の支えだったに違いなく、今でも訪れる人の様々な願いを一心に受けてそこにいつづけている。
京都に行くと壮大な時間の流れと脈々と続く人の願いや思いを感じ、自分も時代の流れのほんのひと時にいる小さな存在だと知ります。
色々な宗教があるけど仏教の言葉は簡素で心にぐっと響くものがあります。何となく好きになってきているこの頃なのです。(支離滅裂な文章でした。)

2006/03/10 (金) 07:48:19 | URL | 花鹿 #- [ 編集 ]

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kajika

Author:kajika
吾唯足知 (龍安寺のつくばい)
京都が大好き。
1年に数回出かけています。

京都旅行記から始まったBlog。
遅速ながら結構長く続いているものです。
日々の記録も兼ねて続けたいと思っています。

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