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めっきり秋空

 2009-10-12
台風が過ぎ去ると一気に秋に突入した感じがする。
空気が澄んで青空が高い。吹く風も肌寒く、湿度が下がってきた。
布団をかぶって眠りにつく時のぬくもりの気持ちよさ。
朝方の冷える頃になると猫が布団に入り込む季節が始まった。

ここ数日気力が戻ったのか読書再開。


9784163254609[1]



好きな白石一文の「どれくらいの愛情」を読み始めた。
作者の言わんとするところにとても共感する。
好きな作家の一人です。
短編集で、恋愛物で、お涙頂戴ときたらなかなか手が出せないがこの人ならどう表現するのか、興味もある。
まだ半分しか読んでいないがこらえ性のない性格で、すでにあとがきを先に読んでしまった。
作品もだが、このあとがきが良い。
是非立ち読みであとがきだけ読んでもらいたいものだ。


私達は、大地を踏みしめて、私達が本当に知らねばならないたった一つの問いに向かって、
限られた短い人生の中でその答えを見出すための旅に出発しなくてはならない。
――いったい、この私は何者なのだろうか?
という問いである。
この難問を解くにためには、私達は眼に見えるものだけを追いかけてていてはダメなのである。

――目に見えるものの不確かさの中に見えないものの確かさが隠され、目に見えないものの不確かさによって、目に見えるものの確かさが保証される。

たとえば「死」というものでさえ、そうやって私達が、目に見えない世界と対峠するために用意された一里塚に過ぎない。

「自分とは何か?」という根本的な問いに真剣に向き合わない限りは、誰のこともほんとうに愛することは出来ないのである。
その意味で自らを知らず、また知ろうともしない者だけが、他人をやすやすと傷つけることができる。
それは、他人を傷つける以上に自分自身を傷つけることでもある。

                                           
                                          あとがきから抜粋


作品を読んでいると「ほぉ~、そんな風に人を愛するのか。」と感心する。
人の愛し方にそんな道や、そんな納得のしかたもあるのかと唸ってしまう。
しかし自分を含め多くの人が人生を共に歩く伴侶を探す時、そこまで深い思慮を伴っているだろうか。
色々な事に折り合いをつけて進む時、しっかり判断しただろうか。
ただ諦め、グチグチと愚痴だらけになって流れに任せていただけだった気がする。
それはきっと相手を恨んだりする前に、自分に対して投げやりだったからなのだ。
恋愛は今更遅いわけだが、日々を生きる家庭や職場などの人との関係の中で人を傷つけ、ひいては自分を傷つけないように誠実に生きること。
自分は何者で、何のために生き、生かされているのか。
そう簡単に答えの出ない命題を頭のどこかに留めていきたいものです。


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