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11月の京都

今日は仕事はお休み。
家族の病院の付き添いも早々と終了した。
やっと京都旅行を書く気になりました。


新幹線から見えた富士山。なかなか綺麗に見えたのです。
富士山 新幹線より


行く前はいつも「今回こそ、ゆっくり京都を楽しもう。」と思うのです。
今回は朝早くから出かけたからこそ人の少ない大原の山寺でゆっくりしたいと思っていたが・・。
朝、4時に起きれました。なんとか計画通り始発の新幹線に乗り込めました。おかげで8時過ぎには京都駅に降り立ちました。
駅では早歩き、地下鉄に乗り換えて国際会館ではコインロッカーに荷物を預けると時間切れ間近。
地上へ階段を駆け上り、いや気持ちは駆け上ってるつもりだが、実際は足が上がらずえっちら、おっちらに見えたに違いない。
やっと地上に出たら目的のバスにはすでに人が乗り込んでいる。
足がガクガクしながらもここまできたら乗らねばなるまい。
何のために暗いうちから起きて頑張ってきたのか判らないじゃん。
息を切らせながら何とかセーフ。バスに乗って席に座った頃には足がガクガク、ブルブル・・。
それから20分。足の振るえも収まった頃に大原の山寺、阿弥陀寺に着く。
ほとんどの人は大原で下車して他には年配の老夫婦しかいなかったが、その人達の目的地も同じだったようだ。
古知谷のバス停から阿弥陀寺の山門はすぐだったが、寺までは凄い坂道を登る。
最初はなだらかな上り坂もそのうちだんだん勾配がきつくなる。
朝9時過ぎ。うっそうと茂る杉や松や楓の巨木の下。薄暗い坂道を約600mえっちら登る。
吐く息が白く、自分の息でめがねが曇る。
後ろを歩いてくる老夫婦の姿は全然見えない。
やっと寺の姿が見えてきた頃にはとどめに心臓破りの急勾配の階段が待っていた。

阿弥陀寺への山道


初日からえらい負荷のかかる旅になってしまった、と思ったときはもう遅いのです。
鞍馬の山登りを彷彿とさせるような階段をやっと登りきりると日の当たる穏やかな阿弥陀寺の境内。
拝観料を払い寺の中に入ると先客は一組だけ。
さすがに静かな山寺です。紅葉はしていないけど穏やかな朝の光を浴びた庭がとてもきれい。
最盛期には山道の途中の楓の大木などはそれは見事な紅葉を見せてくれることだろう。
朝の大原は空気が澄んでいる。深呼吸などしてみる。何て気持ちのいい・・。
大原は比叡山の西北麓に開けた盆地で京都から若狭湾に通じる若狭街道、俗に鯖街道と言われる街道沿いの念仏行者の隠れ里であった。
まさにこの阿弥陀寺は修行に入った弾誓上人というお坊さんの道場だった。
この人は凄いことに修行の最後には生きながら石棺に入り松の実や皮を食し体を樹脂化させ、念仏を唱えながらミイラ佛になったそうだ。
そこまで下調べをしてきたわけでなかったので、凄まじい旅のスタートになったと実感しました。
山を削って石棺を安置にしてある洞穴のところでは寒気がした。
昔の人は凄い。いや、今の時代でも修行している僧には凄い人もいるのかもしれないけど。

阿弥陀寺の山門

阿弥陀寺の山門。
ここで横着をした私は1mあまりの段差でずっこけました。
ガッときて、キュッときて、アベッ!
膝のあおたんが当時の迫力を物語っています。
目撃者は着かず離れずで歩いていた老夫婦だけ・・・。
つい、大笑いしてしまった。

写真をクリックして大きくしてご覧くださいね。

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2005.11.16 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 未分類



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kajika

Author:kajika
吾唯足知 (龍安寺のつくばい)
京都が大好き。
1年に数回出かけています。

京都旅行記から始まったBlog。
遅速ながら結構長く続いているものです。
日々の記録も兼ねて続けたいと思っています。

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