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浄瑠璃寺

 2009-04-26
4月23日、24日で奈良、京都に出かけてきた。
桜の時期が終わりそろそろ静かさを取り戻しているだろう。
人が大勢出かけるベストシーズンはどうも気後れしてしまう。
よほどの気合がいるからだ。


コピー ~ 2009.4.23浄瑠璃寺009


楽しみにしていた浄瑠璃寺。

コピー ~ 2009.423浄瑠璃寺 008

奈良駅からバスに乗って30分程度。
奈良と京都の県境にある人里離れた山間にある。
その昔、都の修行に飽き足らない僧が世俗化した仏教を見限ってこの地で修行をしたのが始まりだという。

山門をくぐって中に進むと正面に現世を現す宝池(ほうち)が静かに水を湛えている。

コピー ~ 2009.4.23浄瑠璃寺002


東側には過去世を司る薬師如来が安置されている三重塔が見える。
人は親のその親、何代も続く命のリレーがなければ今の自分はいない。
過去から現世に送り出す仏、薬師如来が三重塔の初層に秘仏として安置されている。

コピー ~ 2009.4.23浄瑠璃寺003

三重塔から振り向けば現世の宝池を挟んで西の向こう岸には九体阿弥陀堂が見える。

コピー ~ 2009.4.23浄瑠璃寺 006

来世を司る九体の阿弥陀坐像が並んで鎮座するお堂だ。
「九品往生」 
人の死後九段階に振り分けられその段階によって九体の阿弥陀如来が浄土に導くという、
その九人の阿弥陀さんがいる。

薬師如来のおわす東方浄瑠璃浄土よりこの世に命は送り出される。
様々な煩悩や苦悩の渦巻く世界を乗り越えて何とか理想に向けて生きていけるようにと薬師如来は助けてくれる。
そして太陽の沈む側に阿弥陀堂のある西方浄土。
西方の彼方にあるといわれる苦痛のない理想の世界である浄土。

この寺が出来た時代、藤原時代は末世の到来といわれ荒んだ世の中だった。
人々は浄土にあくなき憧れを抱いて阿弥陀如来に祈り続けたという。

人はどこから生まれ、どう生きて、そしてどこへ行くのか。
その全てがこの寺に凝縮されている。

人里離れた当尾の里。
里山をうねうねと続く道の所々に取れたてのタケノコが無造作に並べられている。
大きいものが700円、小さいものが300円。
安いけど買って帰れない。
人の声も風に揺れる葉音でかき消される。
鳥のさえずりの声の方が辺りにキリリと響き渡る。
こんな辺鄙な地に昔の人の想いが凝縮した寺がある。
静かな感動に浸った時間でありました。


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