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「泣きながら生きて。」

とある中国人一家三人の生き様を追ったドキュメントを見た。
中国の貧しい生活の中で娘をアメリカに留学させ医者にするために母親は上海で、父親は35歳の時日本にやってきて不法就労し3つの仕事を掛け持ちしてお金を稼ぐ。
風呂のない狭くてぼろい部屋に住み、上海、日本、アメリカに離れて暮らし15年。

たまたまチャンネルを回して釘付けになった。
久しく聞いた事がないけど懐かしい言葉を聞いたから。
「子供は親を踏み台にして大きく生きていくものだ。親は踏み台になることはいとわないもの。」
この家族の運命は中国では珍しいケースではないのかもしれない。
「国家の主導者は国を導く責任があります。同じく一家の主として子供を立派に育てる責任が自分にある。」そういって朝から深夜まで時間を惜しんで仕事に精を出す。
なかなか真似できるものではない。
娘がアメリカに渡るときトランジットを使って24時間日本に滞在する。
8年ぶりに父と娘が狭い家で時を過ごす。
親の期待と苦労に報いることが何かをしっかり受け止め泣きながらアメリカに旅立つ娘。
何と厳しい道を選ぶ一家であろうか。
三人とも辛く長い年月を乗り切ることは強い意志と信頼のなせる業か。

15年、日本で働きづめた父親は娘がアメリカで産科医になることが決まって役目を終え上海に戻ることになる。
成田から上海に向けて飛び立つジェットの中で彼は窓から外を見ながら手を合わせるのだ。
何だか見ているものまで熱いものがこみ上げてくる。

背負った運命を嘆く事もなし、
恨みの一つを言うこともなし、
自分の人生を愚痴る事もなし、
15年の歳月を送った日本に感謝するその姿に感動しました。

細かい事に愚痴りたくなる自分。
生きることに全力を出さない自分。
楽な道を選びたくなる自分。
情けない生き方をしているものだ。




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2006.11.04 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 未分類



コメント

見たかったけれど、見損ねてしまった番組。
再放送しないかな・・・?

いつでも感動をするのは決して大袈裟ではない人間の姿ですね。
淡々と当たり前のように、当たり前ではできない苦労をいとわず積み重ねられる姿。
病気や死を前に、自分を失わずそれを受け入れてなお人のことを思いやれる姿。

名も無き市井の美しい魂を持った人々。

そういった姿にふれると、人間も悪くないって思えます。
今生でがんばってみる価値もある・・・って。

わたしも、そんな魂を持つことができるのだろうか?
この試練を・・・魂を磨く試練を・・・しょうたが与えてくれたのだと。くぐり抜けて成長したら顔をあげてしょうたに逢える。
この頃は、そんな風に思ったりもするのです。

2006/11/04 (土) 10:13:08 | URL | 重度の肩こり #- [ 編集 ]

凄い事だね!

肩こりさんがこんな事を思えるようになったってことに感激します。
前向きな言葉が並び、いろいろな事を乗り越えてきてるなぁ、って姿を見なくても判るぐらいに変わってきてる。
抱えた重さには変わりはないけど、
勿論忘れたわけでもないけど、
生きるってこういう事なんだと教えてもらっている気がします。

2006/11/04 (土) 20:06:55 | URL | 花鹿 #- [ 編集 ]

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