御盆、そして「アルジャーノンに花束を」Ⅱ

感情の高ぶりと収まりだけで喪が終わるのではない。
大切なことは、死者をどこかに定位し、それと自分との関係を作り上げることである。
それによって喪は完了する。
仏教において四十九日間の喪に服することは、
その間に死者が「この世」から「あの世」に旅をすると考えられるからである。
無事に「あの世」に着き、安住する場所が見つけられるように、
四十九日の間お経をあげ香をあげて死者の旅を守るのである。
われわれは仏教の定式に単純に従えないとするなら、
自らの力でその旅に想いをめぐらせ、この世では絶対に会えない人の居場所を「あの世」に確認し、
それとの関係を確立しなくてはならない。

河合隼雄


世の中はお盆休みに入った。
地方に出かける人で高速道路は何十kmの渋滞の情報が流れている。
そろそろ都会は走る車の量も少なくなり、それと共に運転に慣れない危ない車も走り始めている。
京都の陶器市を一緒に歩いた友人には悲しい知らせが相次ぎ、上記の河合隼雄の文章がメールで送られてきた。
誰もいつまでも若くはいられない。
年老いていつかはその時を迎えるという輪廻の中で生きていることを感情的にはなかなか受け入れられない。


キャラメルボックスの「アルジャーノンに花束を」のアクアの公演を観てきた。
2度目ともなると役者のセリフをかみ締めることが少しは出来たかもしれない。
軽快に話は進んでいくけれどもどの場面でも一度は経験したことのある微妙で辛い人生のその時を思い出してしまい、スポットライトの当たっている明るい舞台でなんて重い話が進んでいくのだろうと思う。
友人関係
仕事関係
親子関係
近所の関係
どのシチュエーションであっても苦虫をつぶすような嫌な思い出の一つや二つは誰にでもある。
負のオーラに引っ張られないように人との関係でうまくやっていくのは大変なことだけど、
その中でしか生きられないのだからバランスをとって生きていかなければならないのだろう。

もう少し涼しくなったら元気になれるかな。


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2012.08.12 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 観劇



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