京都二日目
今日は真冬に戻ったような寒さ。
暖かさに慣れた体にはこたえます。
春って油断なりませんね。

さて、京都1日目の夜。
21日は花灯篭の最終日。円山公園から清水寺まで道には灯篭が並びライトアップで賑わいます。
今回は円山公園から八坂の塔まで歩いてみました。
以前にも思った事だけど、たくさんの人出なのに不思議とその喧騒が気にならない。
何とも幻想的な京都の夜です。

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京都2日目。
この日、天気予報では雨。
朝からどんよりで怪しい雲行き。
何とか1日もってもらいたい。雨だけは勘弁して〜。
しかし、無常にも午後から降り始めました。
まずは哲学の道へ。
平日でもあって静かなものです。
永観堂。
念仏行道をしている永観律師を先導している阿弥陀如来は振り向いて「永観おそし」と呼びかけたみかえり阿弥陀如来が必見です。
秋には紅葉の名所で賑わうらしい。


大豊神社。
ねずみの社とも言われる。
大国主命が野火の危機から救った鼠の話から駒鼠が鎮座する。
何とも笑ってしまうお社です。

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哲学の道には色々なお店があり女性陣にはたまりません。
あっちに寄ったり、こっちに寄ったり。
油取り紙で有名なよーじ屋のカフェに寄ってみた。
抹茶のカプチーノ。よーじ屋のトレードマークが描かれています。
それにわらびもち。

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お昼にはうどん屋の「おめん」へ。
色々な京野菜と頂くうどんはサッパリしていて美味しいです。


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おめんを出たところで雨がザンザン降ってきました。
気温もグッと下がってきます。
でも帰るまで時間があります。
次に赴くところへの交通手段を考えながらバス停に向かいます。
【2006/03/29 21:54】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
毎度おなじみの京都旅行
ここの所すっかり暖かくなり出勤途中の桜並木が見事になってきた。
今週末あたりが桜祭り真っ盛りになるのだろう。
上野公園に昨日行ってきたという人から花見の様子を教えてもらった。
毎年ながら盛況らしい。
京都旅行も後わずかにずれていれば桜が見られたかもしれなかった。
そう去年も同じ事を考えたものです。

さて、今回の京都旅行の始まりは東寺。
弘法市が毎月空海の命日の21日に立ちます。
いつもながら賑やかな市です。
私のお気に入りは焼物です。
まだまだ修行中の若い陶芸家の卵達が作る生活雑器、中皿やコーヒーカップなど三つで1000円で売っています。
薄手で軽いし手作りで不ぞろいなところもいい。
手作りの良さは食器を手に取った時にしっくりくるところです。
作った人の手の大きさにもよるのでしょうが自分の手に馴染む食器を探すのが楽しみです。
今回は一人住まいする娘に小鉢と茶碗と中皿を買い求めました。
春らしくピンクの桜があしらってあります。
その後、拝観料を払いお勉強してきた立体曼荼羅を見に講堂へ。
さすが国宝の宝庫。
少し湿ったかび臭い空気が漂う講堂には所狭しと仏像の嵐。
昭和40年まで一千年もの間秘仏として公開されなかった21体の仏像です。
中でも帝釈天が1番イケメンでした。
次に金堂に入る。
薬師如来が祀られています。
丁度この時は十人位の僧侶が祈りを捧げるところに出くわしました。
ラッキーです。
一緒に知っているところだけ般若心経を唱えてきました。
次は京都のシンボル五重塔。
中は見られないので遠目に教科書に出てくるような写真をパチリ。
春の京都であります。

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この日は天気もまずまずでのどかな1日でありました。
東寺の梅も綺麗に咲いておりました。

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ゆっくりと京都の空気を満喫する私でした。
【2006/03/28 22:39】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
帰って来たら。
1泊2日の旅行はアッという間に終わってしまった。
新幹線を降りたあたりから体が痛み出し、こんなに早く筋肉痛が始まるなんて若いじゃん、私。
なんて思ったのは気のせいで実は風邪を引いていたと判ったのは翌日。 
吐き気と胃痛と節々の痛み。いやいや参りました。
仕事を休むわけにもいかず、こういう時に限って忙しいときたもんだ。
やっと今日は御飯を食べれるようになりました。

京都は、雨が降ったら寒いのです。
お店に入るとがんがんに暖房が効いていて、外に出るとむちゃ寒い。
盆地なので仕方ないですがぶるっちゃいます。
今回の教訓はいつまでも慌しい旅はするもんでない。
貧乏性もいい加減にしなきゃ。で決まりです。
遊んで具合が悪くなっては誰も同情しませんから。

さて、今回の戦利品は西利の漬物。
京都駅ビルに入っている西利のお店に併設しているお食事処で頂く漬物丼。大好きです。

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お店で作り方を教えてもらった。
こんな美味しいものを自分独り占めするのは惜しいので家族にも食べさせてあげようと色々買い込んできた。
料理はいたって簡単。
手間といえば漬物を細かく刻むこと。
後は漬物の美味さで顔をほころばせながら食べるだけ。
今度の日曜に作ってみるつもりです。
旅日記は後日改めて・・。

【2006/03/24 23:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
出発
今日、京都に行って来ます。
寒いらしい。防寒バッチリで出かけます。
久しぶりで楽しみです。
巣立っていく娘を置いていくのは後ろ髪引かれる思いもありますがホテル取ってしまったし、と言い訳してみる。
取りあえず、心の洗濯に行って来ます。
【2006/03/21 05:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
ここの所春の嵐が続いている。
今日は特に風が強かった。我が家の隣は後数年で廃校になる公立の高校。
公立であるから敷地は結構広い。その為日曜日ごとにサッカーや野球の試合が行われる。
校庭側にある我が家は風が吹くともろに埃の被害にあう。
今日も土は乾燥し風に舞って霞み、一瞬前も見えない有様。
ひどい1日でした。こんな日に桜が咲いたらあっという間に散ってしまうことでしょう。
今年の桜はいつ頃咲くのでしょうか。

京都の桜の名所はいたる所にある。
テレビにも出てくる円山公園のしだれ桜。
鴨川沿い河川敷の桜。
哲学の道の琵琶湖疏水沿い、疎水を覆うように咲く桜。
仁和寺に咲く御室桜。
嵯峨野大覚寺の広沢池沿いから遍照寺山にかけての染井吉野や山桜。

きっと多くの人が訪れる。
日本人にとって桜は特別な花、新たな旅立ちの時に咲く花は誰にとっても思い入れのある花になるのでしょう。
どんなに季節が狂って異常な天候になっても、数日の狂いはあっても桜は皆の新しい生活の始まりに咲くのであります。
今年ももうすぐ桜が咲く。新しい季節の始まり。

【2006/03/19 21:43】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
卒業式
本日めでたく娘も卒業式を迎えました。
一つの節目であります。
自分の事を思い返せば、その時にはそれ程の感慨もなくただ嬉しいだけだったけど今になると学生時代は貴重な時間だったと思えるようになります。
時を重ねるつれ琥珀のように輝くようになるものかもしれません。
久々に「ホタルの光」を歌ってきました。
「子供の成長に涙するでしょう。」と人は言いますが私はちょっと違う。
むしろ自分がこれまでよくやってきたなぁ、と感慨深く思えるのです。
誰からも褒められないから自分で自分を褒めてあげたい。
誰もが当たり前に子供を育み、心配し、守り、導き、育てるものですがそれぞれに一筋縄ではいかない苦労があります。
人並みな苦労ではあるけど頑張ってきました。
子供が生まれて最初から親なのではなく、親になっていくのです。
子を育てながら親になっていく修行を積むようなものです。
あまちゃんな考えに何度となく歯がゆい思いをした事か・・。
多分これからもその思いは続く事でしょう。

賢い人間になってほしい。
自分の道を決める時、気張る時、ポジティブに生きられるように頑張ってほしい。

まだまだ苦労は続くでしょうが取りあえずここまで頑張ってきた自分にご苦労さん!!





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【2006/03/16 22:45】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(3) | page top↑
国旗・国歌
まだまだ風が冷たいこの頃だが、桜の蕾は見た目にも判るぐらい膨らんできている。
卒業のこの時期、毎年のようにもめるのが国旗・国歌問題だ。
公立の学校では教育委員会のお達しの下に生徒に卒業式に斉唱させる。
毎年、起立しない生徒、斉唱しない生徒が出て問題になっているわけだ。
1年前にもこの事を日記に書いた覚えがある。
海外に行った経験は少ないがその少ない経験の中でも日本人の貧困さを痛感した覚えがある。
国歌を歌うか、歌わないかを論ずる前に自分が日本人だと言う意識はあるのだろうか。と疑問に思う。
そんな当たり前のことなのだが、日本を抜け出すとほかの人達は国であるとか、民族であるとかの意識は非常に強い。
勿論自分の国の歴史や先人に対する尊敬の念もしっかりしたものを持っている。
それに比べて日本はどうでしょう?
高校の卒業式、若い彼らは本当に自分の信念で国歌を斉唱するかしないか、起立するかしないかを選択しているのでしょうか。
教師達は上からのお達しに従うかどうかを保身のためにしているところはないのでしょうか。

国歌を持たない国はあるのでしょうか。
オリンピックで優勝した荒川選手が表彰台に立ち日本国歌が流れた時、感動しない人はどれだけいたのでしょうか。
中学、高校を卒業する若い彼らにおいては特に、マスコミや世間の流れに踊らされる事なく、自分の価値観をしっかり持って判断してほしいものです。
【2006/03/15 09:52】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
巣立ち
三月。
この時期は別れと出会いの季節である。
御他聞に漏れず我が家でも卒業にこぎ着けた輩が一人いる。
いっちょまえだが今だに手もかかる、お金もかかる大変なお方である。
次の学校に行く予定になっているが何せ遠い。
帰りも遅くなるためこの度一人暮らしをすることになった。
本人は事の重大さがまだピンときていないためウキウキしている。
この方、6−7回引越しを経験している私は想像するだけでうんざりしている。
どうせ手を出さないわけにはいかないのは目に見えている。やれやれ・・。
引越しの煩わしさもさることながら、これが独り立ちの第一歩になるのかと感慨深い。

子育てとはやっぱり大変なものだ。
病弱で何度も入院する騒動があり小児科と耳鼻科のナースとは顔見知り状態だった幼児期。
体の心配が遠のいた頃にはお勉強の心配。
お受験には大成功した覚えがない。
がっかりさせられては次に希望を繋ぎ続けて、結局親子で歓喜する場面は訪れなかった。
甘やかせてきたつけか、人を金のなる木だと思っている節があり、
これからの出費を考えると私の老後はどうしてくれるのよ!と言いたい。
文句を言っても相手は木星人、ケロッとしたものだ。全然身にしみていない。
色々言い出したらきりがないが、これも贅沢な愚痴なのかもしれない。
すっかり健康になったし、不登校したわけでもない。
私の親としての役割も終盤に来ているのかもしれない。
しかし、何処にいて何をしていても親子の関係は切れるわけもない。
子供に恥じるような生き方はしていないつもりだし、後姿をしっかと見て育ってくれているはず・・・・。
まずは信じるしかありません。
取りあえず来月からペースが変わる事は間違いない。

今日、「東京タワー」を読み終わった。
読み終わってズルズルになった顔を洗いに洗面所に立った。
鏡に写るは鼻が真っ赤になり目がぷっくりと脹れた無残な自分。
明日の自分の顔が怖い。お岩さんのようになっていない事を祈る・・・。



【2006/03/11 23:40】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
京都の魅力
色々な人に聞かれたり、感嘆されたりする。
「京都が好きなのねー!」「京都のどこが好きなの?」などと・・。
素朴な疑問だろうけど、返事に窮する事が多い。
何で好きなんだろう?!
何に惹かれるのだろう?!
人に聞かれてもうろたえず、きちんと納得してもらえるように返事ができたら、なんて思いから考えてみる。

まず、京都が実生活から解き放たれる唯一の場であること。
ある程度慣れてきたわりにはまだまだ奥が深く、行きたいところがあること。
痛いところをつく催しがあり四季折々、違った印象があってそれにゾッコンであること。
もちろん美味しいものがたくさんあること。
そして1番肝心な理由はまだ漠然としているのだけど京都に行くようになってから仏教に興味を持った事。
多分それ以前から何となく気になっていた。
色々なお寺に詣でる。色々な仏像に出会う。
手を合わせて祈る。
仕事のこと、将来のこと。
家族の健康、家族の幸せ。
色々苦しみを抱えたあの人のこと。
ふと気づくと自分の願いの傲慢さに気づいたのです。
あれもこれも、その上あれも。
何と願い、と言えば聞こえがいいが欲望の深いことだろう。

人間は「自我」に関わるすべてにとらわれている生き物。
私の欲、
私の利益、
私のもの、
私の栄誉、
私の誇り、
そして私のこの身。
これら私にまつわるのものや事が、私に喜びや哀しみをもたらす。
そして一生を「私」「私のもの」に縛られてしまう。
苦しみの最大の素はこの我執だと仏教は解く。

色々な仏像と出会い、余計なものをそげ落とし最大級簡素化した枯山水の庭を見ていくうちに自分の願いも簡素化してくる。
決して一人では幸せにはなれない。
自分の周りの人みんなの幸せが自分の幸せを呼ぶのだ。と思うようになった。
まだまだ煩悩に左右されながらの毎日なれど、時々は京都に出かけ自分なりの仏教の修行もどきをするのが楽しいのであります。





【2006/03/07 23:23】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
井戸端会議から・・。
以前、酢の効用について書いた事がありました。
最近職場の人から教えてもらって、今葡萄の酢を飲み始めました。
ミツカンの「薫る果実酢 ぶどう」です。ここ
何たって口当たりがいいのです。水で割ったり、炭酸で割るのもいけます。これなら続けそうです。
教えてくれた彼女はこの酢のおかげか、最近血圧が低位安定しているそうで効果あり。と聞けば試してみようかと、その日の昼休みにスーパーに走り買ってきました。試しに三時のお茶で皆で試飲。
ジュースみたいです。はるか遠くですっぱさが感じられるぐらいです。

職場の皆さんが話していると今の流行がわかって面白い。
彼女たちが1度は経験しているのがショップチャンネルのお買い物。
中でも独身のTさんは相当凝っているらしい。
化粧品、腕時計、痩身運動の機械(乗馬のように動くらしい。)
年末には蟹などの食品などもお買い求められているそうな・・・。
ここ最近、及川王子?のファンデーションと、肌が桜色になるよれないファンデーションと、どっちがお得で優れものか。という話題でもちきりだ。
「これとこれとこれがセットで1万円ってお得じゃない?」
「○○さんは王子のファンデーションを使っているんだって。彼女はとっても肌が白くて綺麗なのにそんなにしなくっても・・・。」
「でも、2時間限定ってあったからもう売り切れてるんじゃない?」
「3月は色々セールが始まるからこれからよ!」
私に聞かせると小ばかにして呆れられるものだから最初はこそこそと話しているけどすぐトースターの中の餅のように話は盛り上がり、声のトーンは最大級。我先にと先を争って話し始めます。
さすが女の職場であります。
我が家はケーブルテレビは引いてないのでショップチャンネルは見れません。
しかし、話を聞いているだけで商売上手だなぁ。と思う。
皆、夜な夜なショップチャンネルを見ているらしい。
女性の購買意欲はなかなか健在な昨今であります。
私も今度1回買ってみようかなぁ。なんて思ったりして・・・。



【2006/03/04 21:47】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
最近つれづれに思う事
自分がこうやって日記を書いていると、人の日記も気になるものです。
時々はコメント入れたりもしていますが、気になる記事もあったりして。

あるところで「象徴的貧困」について論争しているブログがあった。
「象徴的貧困」とは、「過剰な情報やイメージを消化しきれない人間が、貧しい判断力や想像力しか手にできなくなった状態。」をさすそうだ。
メディアであろうがブログであろうが同じような事が言えると。
一つの記事にコメントがきて、それが皆同調、賞賛のようなものばかりになりなぁなぁのサロン風の面白みのないものになってしまう、と言う。
その方の望むブログは丁々発止のやり取り。

なるほど・・。
日本のマスメディアについては同調できるものはある。
神戸の脱線事故のときにも思ったがマスコミの無責任な憶測による報道。
それもどのチャンネルも多少の違いはあるものの、同じような事しか言わない。
見ているこっちがそんな事を実態が判らないうちから軽はずみな事を言っていいのか、と心配になったほどだから。
島国で単一民族の悲しみだと思う。
確固たる持論を持たないと人の発言に異論を唱える事は出来ない。
横並びが安心。目立つ杭は打たれるという日本独特の意識の産物、悲しい現実だなと思う。

ブログに関してはどうだろう?
人それぞれでいい。
何と言ってもブログに求めるものは人それぞれなのだから。
サロン風なブログで楽しんでいる人もいるだろうし、丁々発止を求める人もいるだろうし。
私のように単に思う事を書き連ねて満足している人間もいる。
毎日色々思っているのだが流されてしまって自覚することなく忘れ去っている事をここに書く事によって再確認できる。
それだけの事でも結構満足している。
賑やかなブログではないけどコメント入れてもらえる人がいて、その事にもありがたい事だと思ってる。
同調であろうと、賞賛であろうと、丁々発止であろうとブログの管理人の望み次第。

そうそう。
京都の事前勉強や旅行記を写真を入れながら書けることもお楽しみの一つでありましたっけ・・。
【2006/03/03 00:52】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
痛い目にはあいたくない。
転職してから丸三年が経った。
思い返すとあっという間だったがここ最近結構大きな怪我をすることがある。(転職とは関係ないか・・。)
1年ぐらい前に猫の散歩に夜出かけて、隣の農家の砂利の農道で綱に引っ張られて顔面を擦って、見るも派手な擦り傷を作った。
少し前には仕事が終わって一人戸締りして出るとき、自動ドアに手を挟んで声も出ないほど痛い目にあった。
骨が折れてるのかと思ったぐらいに。いまだに痣が残っている。
それもこれも、不吉な転職のせい・・・なんちゃって。

さて、昨日の職場での出来事だが
仕事柄、集中する時間があり、とかく午後なのだけど一時的にバタバタするときがある。
ムードメーカーであり、セレブな自称典型的ナルシストWさん。
黙っていればいいところの奥様なのだが、地声も大きい上に話好き。
何をするにも目立つ彼女。
バタバタと忙しく小走りに動いていたら、足元に出っ張っていた箱にけっつまずいた。
片足を必死に前に出して踏ん張ったものの支えきれず前方に倒れこみ。
挙句の果てに顔をドアにぶっつけた。
凄まじい騒音に前の部屋にいた皆も唖然。
私は丁度外に出ていて帰ってきたところだった。
何やら大騒ぎしているのでどうした事かと思ったら、床に彼女のスリップした後がなまなましく残っていた事からずっこけたんだな、と理解。
「やだ〜、この箱でっぱってるから前から危ないなーと思ってたのよねー。もぉー!」と箱を奥に押し込んでいた。
本人のあまりの盛り上がりようで皆は黙って事の成り行きを見守っている。
帰ってきた私はその対比があまりにおかしくて笑ってしまいました。
いえいえ、笑い事ではありません。顔を打ったのです。
早速、鏡を見に行きましたが、事無きを得ました。
Wさんは、もちろん凹むこともなくその後も元気全開。
結構頑丈なセレブなマダムなのです。

あまり人の事を語っていると今度は自分に痛いことが起こっても怖いので、今日はここまで・・・。

【2006/03/01 20:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
京都ネタ
早いもので二月も今日で終わり。
明日からは早春の三月です。
随分我慢してきました。とうとう三月です。
京都旅行に行ける三月。
今から下調べの始まりです。と言うわけで・・・。

         東寺

新幹線で京都の駅に着くと街中に東寺の五重塔が見えてくる。
「あぁ、また来れた。」
一生懸命働いてきました。だからまたここに立つ事ができた。
朝に着くからか、何とも清々しい思いでプラットホームに足を踏み出すのです。
こんな思いで沢山の人が東寺を見るのでしょう。
もともと平安京の官寺として建てられた寺ですが、
かの有名な空海が唐より持ち帰った密教思想の道場です。
所蔵している国宝、重要文化財は皆空海ゆかりの密教芸術の宝庫。
何と言ってもここにしかない立体曼荼羅は二十一体の仏像で描いた密教の世界観。
まるで博物館に来ているようです。
毎月21日の空海の月命日には弘法市が立ちそれは賑やかで楽しい露天巡りが出来るのです。
地元の人には弘法さんと言われて親しまれています。
また、五重塔の内部は中心の柱の周囲に金色に輝く如来像が配置されていて正月の三ヶ日にだけ公開されています。

東寺にはかれこれ三回ほど出かけている。
駅からも近いし露天も楽しい。
はんなりした京都弁で値切っているおばちゃんとお店のおっちゃんのやり取りを聞いているもの楽しい。古着の着物をあさる外人さん、手相を見てもらって真剣に話を聞いている若いおねえちゃん。
人間観察しているだけでも楽しいところです。
バス停で観光客丸出しで待っていると地元のおっちゃんが親切に色々教えてくれます。
東京ではありえない人間模様。古き良き時代の近所付き合いがあるようで楽しくなるのでした。

・・・つづく。
【2006/03/01 00:05】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
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