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年の初めだけどしばらくは同じ日々が続く

 2017-01-05
新しい年が始まった。
年末年始は仕事が休みでも落ち着かない。
元旦もどこかで救急車のサイレンが響いている。
慣れっこになっているその音でもあの車の中では誰かが命のやり取りをしているのかもしれない。
忙しく行きかう健常人に反し、ひそかに家で、病院で病と闘い続けている人々がいて
病院で迎える年末年始に何を思うのだろうか。

思えばこの年まで長い間、私は親に守られて不安もなく過ごしてきた。
その親が年を取り、弱り、老いていくのを今度は私が守り助けている。
生き抜く過程の必然ではあれ、暗い先行きを見届けることに潰されそうになる。

親が入院してから車で移動することが多くなった。
段取りを考えて効率よく動かないとこなすことが出来ない。
車の中で最近は音楽を聴かなくなった。
心も無にする為か、疲れているからか、明日の予定を考えるためか。
多分どれでもない。
しばらく帰ってこなかった娘が年末年始で帰ってきているときに
宇多田ヒカルの「Fantôme」を買って車で流した。
二人で聞いているときにはまだ気がまぎれているのだが
一人で夜、病院の帰りに「花束を君に」「真夏の通り雨」など聞いているとこのまま走ってどこかに行きたくなってしまう。
夜の高速を走って誰もいない海でも山でも、ここでないどこかに。


人は結構強いもので、もうだめだと思ってもまた歩き出せる。
じっとしていると落ち着かず何かに追われるように動き出す。
動いていれば少しは落ち着いていられる。
しばらくは気持ち的にゆったりできる時間はないかもしれないが
これも受け入れて今年も生きていくのでしょう。


PS
気にしてくれてありがとう。
頑張ります。





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相模原事件

 2016-09-29
友人がクローズアップ現代+に出演してから何となく気になる番組になり以前よりチェックするようになった。
今日の番組では相模原で起こった障害者殺戮事件を扱った。
重度の障害のある人間は生きている価値がないと次々に殺害した事件である。

生きている価値があるかどうか。
自分は社会に必要な人間であるかどうか。
私の中でも結構重要で、必要ない人間と言われることに怖さを感じていることを自覚した事件であった。
以前の会社を辞めるとき、次の仕事を決めずに退職願を提出した。
しばらくは失業保険をもらってゆっくりしたいという思いもあり、最後1か月の有給消化に入ったら毎日が落ち着かない。
休みが長くなればなるほど、仕事から離れれば離れただけ最新の事情に疎くなって浦島太郎状態になり
挙句には必要のない人間になるのではないかと怖くなった。
結局有給中に次の職場を決め、安心して京都に出かけたことを覚えている。

介護の手間がどんどんかかるようになり目が離せなくなってきている母でも
毎日「言ってくれれば頑張ってやるからなんでも言って。」と自分の役割を求めて台所をうろうろする。
こんな年になってまでも何かに急き立てられているのはかわいそうな事だと思うが
いくつになっても人の役に立ちたい、言い返せば役に立たない自分が怖いのだと思う。

人の価値とは何で決まるのだろう。
戦争中はお国のため役立つ人間であれと教育され
今では年功序列が崩壊し会社や何かの集団に役立つ人間が求められ
役に立たない人間は簡単に捨てられる時代になった。
個性や人格よりも能力や効率が優先される。
水分が失われ乾いた社会の顛末をこの事件は象徴している気がする。

病院で点滴に界面活性剤が入れられて高齢のお年寄りが殺された事件も
詳細はつまびらかになっていないが、先行き短い患者に手間がかかるからなんて理由がチラチラと見え隠れする。

そのうち年金をもらって生きながらえる年寄りは罪であると公言する若者もでてくるのではないか。
生き続けるって色んな意味で難儀な事でございます。



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貧困問題

 2016-09-28
最近話題になっているようで。
相対的貧困と絶対的貧困。
今の世の中、本当に複雑になっていて一概にお金持ちと貧乏人という2極化の構図が薄れている感じがする。
昔は貧乏人は貧乏人で何とか食べれていたし、それほど悲壮感もなくむしろたくましい感じすらあった。
相対的貧困とは何ぞや?
所得格差とはい少し前から耳にすることがあった。
結局国民の所得の中央値の半分を下回っている人のことを言うらしい。
数値で言うなら年所得125万以下のこと。
国民年金生活の老人は皆相対的貧困者になるってことか?
しかして問題はもっと弱年齢の貧困。
働き盛りの壮年であったり、社会に出始める若者の貧困。
うちの娘も大学時代に借りた奨学金をちんたらと月々返しているが、
その奨学金を返せない社会人が増えていて制度自体の存続が危ぶまれている。
以前のNHKの放送では奨学金をもらいながら生活のためにバイトに明け暮れて留年を繰り返し
結局退学に追い込まれ、残ったものは奨学金の負債だけという若者がいるとのこと。
なんだかおかしな話ですね。

以前、大学に通いながら就職のために専門学校に通う学生がいると聞いたことがあるが
今ではそんな学生はいないのかな。
大学の学費、家庭のお金事情、将来の構想。
どこかに無理があれば絶対破たんする。
大卒という学歴だけで大学に行くのはおかしな話だが。

思い起こせば
自分は試験科目の出来で大学の選考を絞り、食いっぱぐれない学部を選んだ。
友人に不純な動機だとさんざん叩かれたのを覚えている。
責任は自分しか取れないサバイバルな世の中だから、結果的には的を得ていたのかもと今頃になって思う。

人生は何が正解で何が不正解などわからないものです。
ただ、打たれ強い心の強さは必需品ってことは言えるかなぁ。

ここのところ重度の介護のストレスでチックのような瞼の痙攣が続いています。
でもなんだか今日はいいみたい。
治ったかな?な~んてね。
そう甘くはないのはわかっているけどね。


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ファーストペンギン

 2016-02-07
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ペンギンは結構好きな動物です。
水族館に行ってもペンギンの前では何時間でもいられる。
よちよち歩く姿。
つぶらな瞳。
でも野生のペンギンは極寒の地で子育てをして生きている。
NHKの朝ドラで取り上げられて話題になったファーストペンギン。
空を見つめるペンギンの瞳が忘れがたい。
天候の成り行きをうかがっているのか。
生きていくことの困難さを憂いているのか。
それとも単にお腹が減ったなぁと思っているだけなのか。

ファーストペンギンとは最初に海に飛び込んでいくペンギンのことで
ビジネスの講義などにはよく使われているそうだ。
人のやっていないことを最初にチャレンジするのをファーストペンギンと言う。
いつの時代もチャレンジャーはハイリスクハイリターン。
ハイリターンを得た者だけ脚光を浴びることになる。

大学卒業して就職した先で私も人のやっていない最先端にかかわる仕事をしていた。
同じ目的を持った人に先を越されないかを検索しながら朝から晩まで地道な仕事に明け暮れた。
そのほとんどが無駄に終わることの方が多かったが
思えばあの頃はその魅力に憑かれていたような気がする。
色々な人にかかわり自分の限界を知ったのもあの頃。
懐かしい日々。

今更ファーストペンギンでもないけれど
挑戦する気持ちは忘れたくない。
頑固だけど柔軟性はある方だと思うし持ち続けなければとこのペンギンを見て思った。




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風の鳥がくれるもの

 2016-01-24


アネハヅル


世界で一番小さい鶴のアネハヅル。
シベリアやチベットで繁殖し越冬のために8000メートル超えるヒマラヤ山脈を越えてインドに渡る。
毎年行われる、決して容易くないヒマラヤ越えを群れでジェット気流をしっかり掴み越えていく風の鳥、アネハヅル。
寒い冬にますます冷えてしまう映像だが、私のお気に入り。
誰に教わるわけでもないが、
力のある者が弱いものをかばいながら命がけの山越えする様子は感動的。

生き物たちが淡々と生きている姿に見入ってしまう。
そしてなぜ人間はそう素直に生きられないのかと思ってしまう。
困難や運命を受け入れ、いちずに生きるには勇気を出さなければ一歩を踏み出せない。

時々、風の鳥がジェット気流をつかんでヒマラヤを超える様子を見て明日を生きる気力をもらう。





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