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悼む



大岡信を悼む詩          谷川俊太郎



本当はヒトの言葉で君を送りたくない

砂浜に寄せては返す波音で

風にそよぐ木々の葉音で

君を送りたい

 

声と文字に別れを告げて

君はあっさりと意味を後にした

朝露と腐葉土と星々と月の

ヒトの言葉よりも豊かな無言

 

今朝のこの青空の下で君を送ろう

散り初(そ)める桜の花びらとともに

褪(あ)せない少女の記憶とともに

 

君を春の寝床に誘(いざな)うものに

その名を知らずに

安んじて君を託そう




少し前に亡くなった谷川俊太郎の友人の大岡信を悼む詩である。
以前亡くなった友人の肩こりさんが言った言葉が思い出される。
人の言葉の限界というか、表そうとしても言葉、言い回しはどれも当てはまらないことや想いがある。
言葉にしてしまったら薄っぺらになってしまって興ざめしてしまう想い。
でも言葉にして残しておかないといずれ忘れ去られてしまう想い。

朝日新聞でこの詩を読んで肩こりさんを送った豊田の雲一つない抜けるような青空を思い出した。
この5月で、すでにあれから3年の月日が流れた。








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2017.05.21 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 花鹿通信



2年が過ぎた。


「蒼氓」  山下達郎



すがすがしい季節になりました。
時々日差しの強さに閉口しますが概ね厚くもなく寒くもなく、うたたねして風邪ひきやすい季節です。

そして名古屋の肩こりさん、彼女が亡くなって2年が経ちました。
彼女の生きられなかった2年を過ごして思うことは
長く生きることの苦しさ、辛さ。
人には言えない重荷のあれやこれや。
過重積載気味で息切れ状態な日々。
「神様助けてください。」と叫んでしまったこともあります。
でも救世主は現れない。
そんなことも重々承知しているけどね。
重荷を下ろす道もないことはない。
でもそれでいいのか。それしか方法はないのか。
いつも自問自答しているのです。

そしてもう一つ。
大事なにゃんこのハナが亡くなりました。
交通事故で命拾いをした後、我が家にきて14年。
トイレの中までついてくる甘ったれ。
事故にあって生き延びる生命力の強さは最後の時も変わらず、
獣医も驚くほどの頑張りを見せてくれた。
ハナがいなくなって1週間が経つこの部屋の寒々しさはなんだろう。
徐々にハナの匂いが消えていき、気配がなくなってガランとしている。
夜仕事から帰ってきたときの寂しさといったら…。

しかしふと時々思う。
寂しいとか苦しいとか思うことが、なんとひとりよがりな感情なのかと。
一番苦しいのは死んでいく本人であり、死にたくない別れたくないと思っている本人が一番寂しいはずなのに。

でもやっぱり寂しくて苦しい。
なんて自分勝手な奴でしょう。


肩こりさん。
貴方はこんな私を見て笑っているのでしょう。
あがいてるあがいてるって。
ハイ、その通りです。
お見舞いに行った彦根の友人にも自分の役割をしっかり果たせと言われてしまったよ。
みんな強いよねぇ。驚くぐらいに。
私は幸い元気にしているから、まだまだ頑張れると思う。
だからそばにいて見ていてほしい。
肩こりさんも、そしてハナも。




2016.05.15 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 花鹿通信



今年の最初に。花鹿通信

新しい年が始まり、すでに平生のペースに戻って何日も経ちました。
人生の後半に入ってからなんと時間の過ぎゆくのが早いことか。

昨年は介護に明け暮れました。
安定した生活も簡単に多難な日々に早変わりすることを目の当たりに経験しています。
歳をとることは難儀な事です。
自分がいざ手のかかる年齢になったとき、どうしたらいいのか。
頭を抱えてしまいます。
しっかりした計画を持っていないと子供に多大な迷惑をかけることになります。
流行りのエンディングノートの話を横目で見ていたけど
そろそろ真剣に考えないといけない年齢になってきたのかもしれません。

この連休に「人生の約束」をイオンシネマに見に行った。
ただ一人の友人が亡くなるところから話は始まる。
仕事の行き違いから避けていた友人との再会はすでに声を掛け合うこともできない。
ただ余命短い友人が最後までつながりたいと願った故郷の曳山の再興に尽力して
欠落していた何かを取り戻していく。

この年になってから人と親友なんで呼べる間柄を構築することは難しい。
これまで生きてきて譲れない、かたくなな部分があって
でも、そんな部分を人にさらけ出す勇気もなくて。
人と深くかかわることを本能的に拒否しているところがある。
自分が傷つくのが怖いから。
でもほんのたまに、今まで誰にも話したことのない秘密を話したいと思える人が現れることがある。
私にとって亡くなった肩こりさんがその一人だった。
物語の主人公が亡くなった友人が魅かれていた曳山に引き寄せられるように
落ち着いたら一人で肩こりさんと歩いた京都を静かに歩きたいと思っている。
時は経っても心に残っている風景、そこで話したこと、笑ったこと、泣いたこと。
その場に立てばより一層はっきりとよみがえってくることだろう。

彼女と約束を取り交わしたことは何もない。
しかし残されたものは先に逝ったものから心の中に深い贈り物をもらっていて
これを温め、膨らませ次を担うものに継承していく暗黙の了解こそが
「人生の約束」なのかと
そんな風に感じたのでした。


2016.01.13 | | コメント(0) | トラックバック(0) | 花鹿通信



花鹿通信

最近、いいわけで納得しようとしている自分に滅入ります。

仕事は緩やかな傾斜ではあるものの右肩上がりで伸びている。
これからの季節は落ち着いてくるので大きな問題はない。
プライベートでは日々記憶を手放していく両親に翻弄される。
朝起きる時から予想外な展開に振り回され息つく暇もない。
職場についてやっと朝のコーヒーを座って飲めるという日が続いている。
滋賀に住む友人は
「自分のマイナスの感情も疲れも溢れそうになると圧縮して隙間を作りまたキュウキュウに詰め込んで。
圧縮と詰め込みの繰り返しを続けるとそのうち伸びきったゴム袋が元に戻らなくなってビロンビロンになっちゃうよ。」
と何と的確な指摘をしてくれた。
ビロンビロンのゴム袋ってのが心の中に引っかかる。
もう既にビロンぐらいまでにはなっているんじゃないかと。
怖い怖い・・・。
だからといって逃げるわけにもいかず。


ねぇ、肩こりさん。
あなたが向こうの世界に行って1年。
私はこんな生活をしているのよ。
京都にも行けず、静岡のシャガランタを見に行くことも叶わず。
毎日同じことの繰り返しで自由な心がなくなってきていると感じているのよ。
周りを見ず、しゃにむに突き進む昔の自分に戻っている気がしてならないわ。
こんなときにあなたに会って話すと心の重しがすっと取れて楽になったことが何度あったことでしょう。
でも、それも今は叶わない。

自分が選んだ道だから人を羨むことはないけど時々滅入ってしまうのよ。


あなたのことを思っている人がたくさんいるね。
1年経っていろんなことを想い、語っている。
あなたの人徳ね。
いまさらながらあなたの凄さを感じるわ。
私はまだまだ。
いつまでたっても追いつかない。

本当にまたあなたと夜を徹して話したいわ。昔みたいに京都のホテルで。
楽しかったね。
何だか遠い昔のことになったようで寂しいわ。




2015.05.17 | | コメント(2) | トラックバック(0) | 花鹿通信



花鹿通信

毎日暑い日が続いています。
ここに書くのはものすごく久しぶりだけど、貴女はずっと見ていたでしょ。
親の介護に奮闘してひざが痛い、腰が痛いと呟く私。
仕事で理不尽な事があり対外的には私の独断で行ったことにされ会社に失望して辞めると騒いだわりには
家にいるよりストレスがかからないから仕事に逃げている私。
またまた眩暈に襲われて寝込んで、寝すぎで背中が痛い、褥瘡になっちゃうと騒いでいる私。

こりもせずドタバタとやっているなぁ、学習しないやつだって笑っているだろうね。
自分でもそう思っているもの。
なかなかスマートに生きられないわ。
ここまで来たら生き方は変えられないものだわ。

やっと夏休みに入ったの。
母の状態も少し安定してきたので一安心。

新盆で久しぶりに家に帰ったのかしら、照ちゃんと一緒に。
横綱級ニャンズのウリちゃんとトンちゃんと遊んで来れましたか?
あなたがくれた手紙の整理をしていたら
「最近、花鹿欠乏症なの。凄く会いたいわ。」って書いてあった。
そのままの言葉を書いてあなたに出したい。
一緒に歩いた京都、二人がきっと眠っている円光寺に行けば会えるかもしれないけど
それも今はままなりません。
心に溜まった想いを話す相手がいないって辛いものだわね。
貴女の話も聞きたいわ。
「西の魔女が死んだ。」のおばあさんのように、ここにいるサインを今だに期待しているのよ。
知っていると思うけど。
待っているわ、いつでも。


またまたご心配をかけたかと思います。
忙しいという理由は口実です。
事の起こっている最中には吐露できないのです。
攻撃的な自分を抑えるのがやっとだし、色んな感情を自分のものにしてからでないと表せない不器用な人間です。

暫くはバタバタした生活が続くでしょう。
家でも仕事においても自分を必要としてくれる人がいることは嬉しいものです。
玄有宗久さんは
人のためを考えて動くことで「私」がなくなった状態こそが一番楽しい。
それが行であると言う。
楽しいと感じられればえらい和尚さんになれるのでしょう。
自分はそれを目指すぐらいしか出来ないけど、その言葉を忘れないで日々を過ごしたいと思います。




2014.08.19 | | コメント(1) | トラックバック(0) | 花鹿通信



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プロフィール

kajika

Author:kajika
吾唯足知 (龍安寺のつくばい)
京都が大好き。
1年に数回出かけています。

京都旅行記から始まったBlog。
遅速ながら結構長く続いているものです。
日々の記録も兼ねて続けたいと思っています。

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